パラダイムシフト提言:人は走っている限り加速し続ける

やっと重力ランニングの走り方の解説に入ります。重力ランニングには、これまで説明した通りの物理的な理論が存在しています。しかし、その理論を全て理解する労力は小さくありません。よって、その理論の骨子を解説という形で説明します。解説では、細かい数字は含まずに、大雑把な物理の原則さえ理解していれば、わかるようにします。

  • 身体重心の直下に着地していれば、人は走り続けている限り、加速せざるを得ない。
  • 現実の長距離走において人は巡航中にブレーキをかけることにより速度を一定に保っている。
  • これらの事実を認識することがランニングの効率化の第一歩である。

人は走っている限り加速する。

と言われて、すぐに信じる人はいないでしょう。何故なら、地面を蹴って走る人(=ほとんどの人)は加速することに多大な努力を払っているのに、これ以上、速度が増加しない、と思いながら走っているからです。しかし、この命題は物理的には正しいのです。物理的に正しいのですから、魔法ではありません。きちんとした前提条件があります。

前提1:走っている間に人は倒れていない。

何を言っているかわからないと思います。走っているということは、倒れていないのは当たり前です。よって、これは走るということの絶対前提です。ですので、成立していることは間違いありません。

前提2:風は吹いていない。

極端な追い風や向かい風を想定すれば、当然、状況は変わってきますので、ここでは無風状態とします。

前提3:水平な地面を走っている。

登り坂では成立しません。一方、下り坂であるなら加速するという話は何となくわかると思います。水平な地面であるからこそ、意味のある議論です。

前提4:重心の直下に着地する。前方に着地しない。

走り慣れていない人は前方に着地してブレーキをかけているかも知れません。しかし、ここでの前提としては、着地は重心の真下ということにします。重心の真下に着地することは、意識すればできないことではありません。つまり、成立させることは可能です。

「蹴る」の定義

この記事において「蹴る」という言葉を使います。「蹴る」という言葉の定義は、1)地面に対して垂直方向下向きに瞬間的に大きな筋力を発揮し、2)重心を垂直方向上向きに加速させながら、3)そのまま跳躍する動作、とします。典型的には垂直跳びです。跳躍の前に蹴っているわけです。離地の寸前まで加速しているところがポイントです。

着地

着地の直後から話を始めます。着地の直後ですから、15 msという短い時間の話です。この間に、接地反射筋力を発揮して、自由落下運動を相殺します。このとき、地面反力の作用線は垂直です。接地反射筋力の大きさは、落下の速度に依存しますが、瞬間的に大きな値となります。それでも、作用線が垂直であるならば、接地反射筋力は水平方向の速度に影響を与えません。

接地区間

着地が終わると重心が前方に移動していますので、地面反力の作用線は前方に傾きます。角度は問いません。作用線が前方に傾いていれば次の話が成立します。この状態で倒れずにいるためには、身体重心の落下を防がなければなりません。その結果、地面に対してmg・tanθの筋力を発揮します。すると、作用反作用の法則にしたがい、同じ方向の逆向きに同じ大きさの力で、地面が押し返してくるのです。これが地面反力です。

地面反力の垂直成分は重力と相殺します。したがって、重心が落下せずに水平に移動します。この部分の詳細は以下の記事を参照して下さい。

では、地面反力の水平成分はどうなるのでしょうか。水平成分に対する反作用は、空気抵抗だけです。ただ、空気抵抗は速度に比例する上、地球上(大気中)では大きくありません。(速度が非常に大きくなり、空気抵抗が大きくなった場合、これ以上加速できない状況になります。しかし、現実には、このような状況は起こりません。)

したがって、水平成分の大部分はそのまま作用し続けます。つまり、水平成分が重心に作用して、水平方向の前向きに身体重心が加速するという結果をもたらします。脚の接地点が重心の後方にある状態で、脚が接地している限りは必ず加速しているのです。別の言い方をすれば、加速しないでいることはできないのです。

脚がこれ以上伸ばせないところまで来たら、足を地面から離して、前方へ送ります。離地する直前までmg・tanθの筋力を発揮することは変わりません。離地のために瞬間的に大きな力を発揮しているのではない、つまり、地面を蹴っていないのです。

ただし、速度が大きくなるにつれてmg・tanθの筋力を発揮することが厳しくなってきます。この筋力を発揮できなくなると、転倒してしまうのです。すなわち、走っている限りという前提が崩れます。

滞空区間

離地した後は、自由落下が始まります。したがって、できるだけ速やかに逆脚を接地位置へ動かし、着地することになります。短時間であったとしても、必ず、落下しますので、重心の高さが減少します。この間は、地面に触っていないので、筋力は一切作用しません。水平方向の速度は空気抵抗により減少するのみです。(滞空が非常に長ければ、滞空中に停止しますが、これも現実には起こりません。)ただし、地球上では空気抵抗が小さいのは先に述べた通りです。

ランニング全体を通して

走り続けていることは、それだけで、このプロセスが続いていることを意味します。走り続けている限り(=倒れていない限り)、脚が接地している時間は必ず加速しているのです。滞空区間においては速度が減少しますが、無風であれば無視できる程度です。脚を着くたびに、加速していくのですから、延々と速度が増加してしまいます。逆の言い方をすれば、走り続けている限りは加速するのだから、何もしなければ(能動的にブレーキをかけなければ)速く走る(=高速に至る)ことができるのです。

無論、100 m走のように急激な加速が必要な場面では、上記のような消極的な加速では足りないでしょう。しかし、マラソンにおいては、急激な加速は不要です。ただ、(能動的にブレーキをかけずに)走っていれば、速度は増加するのですから、これで足りるのです。

現実はどうなっているか?

上記が正しいのにも関わらず、人は長距離走を一定速度で走っています。一定速度で巡航と言っても、身体重心の等速直線運動ではあり得ません。不可避の加速に対して、能動的なブレーキによる減速を必ず行なっているのです。つまり、一歩毎に減速と加速を繰り返しているわけです。したがって、二足走行では、速度を増加させられないことが問題なのではなく、原理的に加速を続けざるを得ないことが問題なのです。これに対して、無意識にブレーキをかけることで対処しているのです。何もしなければ速度が増加し続けるところ、ブレーキをかけている、ということに気が付くのが重要です。

走行中にブレーキをかけると言えば、足を身体重心より前に出して着地する動作が思い浮かびます。これを着地ブレーキと呼びます。人は無意識に着地ブレーキを行うことで巡航を可能にしているわけです。着地ブレーキで減速した後でまた加速するのは明らかに非効率です。着地ブレーキの作用をできる限り小さくし、加速もまた同様に小さくしていくのが重力ランニングの考え方です。そうです。ランニングのパフォーマンスを向上させるために、大事なことは加速することではなく、減速しないことなのです。

私の見る限り、ほとんどのランナーは着地ブレーキをしています。まずは、自分の着地がブレーキになっていないかを振り返ってみましょう。と言われて、自分の着地を見直すことができる人は皆無でしょう。まずは、以下のランニングの物理的原則を理解し、心の底から受け入れてください。

  • 人は能動的に加速せずとも、走り続けている限り、加速せざるを得ないにもかかわらず、巡航中に地面を蹴って加速しようとし、無駄に体力を消費している。
  • 人は能動的に減速しなければ巡航できないにもかかわらず、巡航中にブレーキをかけていることに気が付いていない。

加速するのが普通であり、わざわざブレーキをかけて一定速度に抑えていると思えば、誰かに言われなくても、ランニングが変わっていくに違いありません。

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