第49回小田原城元旦マラソン(2024年)
小田原市には、元旦マラソンという催しがあります。ランナーズコミュニティに属する人たちにもあまり知られてないと思います。元日のやることがない人たちを小田原城に集めて走るという健康的な催しです。マラソン大会と言えば、マラソン大会なのですが、いろいろと普通のマラソン大会にあるものがありません。
例えば、タイムの測定は、ゴール後に10秒刻みのタイムが書かれた短冊を配られるだけです。小田原城の周りを走るコースなのですが、距離はおおまかです。1周目は約2km、2周目と3周目は約1.5kmです。1周走ったところで、小田原城に戻っても良いですし、2周目に進んでも良いのです。それは各自の体力やそのときの体調によって、ランナーが判断するわけです。3周目についても、同じ運用です。つまり、ゴールに戻ってくる人が、何周走ったかは運営側にはわからず、本人の申告なのです。(コロナ禍の前は、4周まで走れたのですが、2024年になったら3周までになっていました。)記録証は、短冊を見て、現地で自分で台紙に手書きします。
もちろん、これは、それぞれが自分と皆の健康を確認するという目的に沿って、最適化された仕組みなのです。競走という形で力比べをすることが目的ではありません。とても平和的な雰囲気の大会なのです。
さて、今年の私の目標としては、重力ランニングの成果を確認するということです。小田原城は、山の斜面に作られた城です。南側は堀で守られているのですが、北側は山で守られています。つまり、周回コースの途中で、急な登りと下りがあるのです。したがって、距離の割には厳しいコースです。
スタートすると二の丸広場の中を1周半ほど走ってから、まなび橋を通って外へ出ます。周囲にランナーがいても、接地時間を失わないように丁寧に走りました。登り坂においては、さらに、一歩の幅を狭めてトルクを上げるように心掛けました。例年であれば、登り坂で速度を上げようと思うと、脚の筋力で身体をより強く押し上げるイメージでしたが、それは必然的に筋力を消耗するのでそうならないように自重していました。今年は、他のランナーに対して、じわじわと距離を詰め、抜いていくことができました。
こども遊園を過ぎてからは、急な下り坂を上手く処理することが課題です。位置エネルギーを運動エネルギーに変えて、そのまま再び堀の周りへ戻りました。自分の感覚としては、息は上がっていましたが、脚の方は余裕がありました。
平地においては、接地を心掛けることで速度を大きくして数人を抜き去ると、まなび橋へ戻りました。私の前を走っていた数人のランナーは、2周目に入っていましたので、私がその年の初めてのゴールとなりました。
例年参加していましたが、スタートから物凄い勢いで走っていく人がいるなと遠目に見ていました。そのような彼らを見ながら、ゴール争いをしている様を想像していたわけですが、今年は思いがけず、自分の中で勝手に想像していた状況を実現することができました。
タイムは参考までに8分00秒とのことでした。1キロ4分のペースは十分に耐えうる身体になってきたという印象でした。