何故に走りを突き詰めるのか?シミュレーションの意義を確認

改めて、重力ランニングの理論の意義について説明したいと思います。

自動車に例えると、「車輪を回すこと」が重力ランニングの理論で議論している対象です。自動車の場合、車輪を回して進むのは当然のことです。平面を想定すれば、それ以上の説明は必要ありません。ホイールベースと車幅を決めて車輪を回転させれば、重心の上下動もなく、地面との摩擦の反作用で重心が前方に進みます。1回転すれば、直径の円周率倍の距離を進み、車輪の回転数はそのまま前進の速度になります。回転させる以上のことはないため、それ以上の効率化を議論する余地はありません。

しかし、二足走行の場合、進む原理は明らかではありません。この「明らかでない」という点が、共通の理解となっていません。誰でも走ることができるからです。ただし、二足走行においては、身体の寸法を一定であると決めても、走り方にはさまざまなパターンがあります。例えば、ストライドやピッチ、滞空時間、着地の位置(前方、直下、後方)などの要素があります。また、着地後の体重移動の距離も考慮すべき点です。

走動作の自由度とモデル化の難しさ

ランニングには自由度があるおかげで、凹凸のある地面でもランニングの動作を変化させながら進んでいくことができます。ストライドを調整して障害物を越えることも可能です。しかし、このような自由度は車輪を使った移動には存在しません。車輪の場合、凹凸があっても同じようにただ車輪を回転させるしかなく、途端に移動が困難になります。二足走行の自由度は、このようなメリットを生み出しますが、同時に人間にとってはわかりにくい点でもあります。平面での車輪での移動は非常にわかりやすいため、例えば、ロボットの移動はほとんどの場合、車輪を使って行います。一方で、平面での移動であっても、人間の二足走行が最適である態様について議論することはありませんでした。それはわかりにくいためです。車輪のように簡単な物理モデルで表現することができません。最適化の議論を行うためには物理モデルを作成する必要がありますが、それを作るのは一朝一夕の仕事ではありません。脚を振り子(極単純な物理モデル)のように捉える人もいますが、それは誤りです。

ランニングコミュニティの現状

解決方法は大きく分けて2つあります。

1つ目は、議論をしないことです。これは従来から行われてきました。議論とは他者の考えを聞くことですが、幸いなことに、他者の考えを全く聞かなくても、人間は走ることができます。上手か下手かは別として、とりあえず走れるのであれば、そのまま放っておいても生きていけます。そもそも、現代において生きていく上で走ることは必須ではありません。

二足走行の物理モデルに本格的に取り組んだ人はこれまでいませんでした。その理由は、ランニングコミュニティ内ではほぼ全員が「議論をしない」という解決方法を選んできたからです。正確には、無意識のうちにその選択をしてきたのです。

ランニングコミュニティで議論されることの大部分は練習メニューです。練習メニューは具体的な行動であり、誰の目から見ても明らかで容易に理解できます。例えば「1000mを3分以内で10本走る」と言えば、だいたい伝わります。このような具体的なランニングメニューを、何日おきに何日間実施するかが盛んに議論されています。優秀なランナーがいると、どんな練習をしているのかと尋ねるのが、ランニングコミュニティのお作法となっています。この作法に従って、雑誌でもランナー特集の記事はほとんどが練習メニューに関するものです。

練習は自動車で言えば、エンジンの出力を大きくすることに相当します。筋持久力や心肺機能を高めることで車輪を回す仕事率を大きくし、速く走ろうという考え方です。練習は王道ですが、若い人ならば良いですが、私のような年齢になるとエンジンの出力を向上させることは難しくなります。少なくとも、パフォーマンスの向上を主にそこに依存するのは賢明ではないと考えています。

また、毎日の食事やランニング中の補給食についても盛んに議論されています。これは自動車に例えるならば、燃料を変えることに相当します。同じエンジンでも燃料を変えれば、出力が向上するという考えです。

これらに対して少数派ではありますが、身体の使い方を改善する提案をする人もいます。高岡英夫さんは、肩甲骨と骨盤、それらを動かす深層筋の活用を勧めています。この方法は、いわば5速ギアを使うようなことです。一般道ばかり走っていたために、5速ギアの使い方を忘れてしまった人々に、本来の機能を思い出させているのです。エンジンの出力を大きくするのではなく、その出力を効果的に使う方法です。

このように、一般的なランニング本で議論されている練習メニューや食事、準備体操、ギアは、確かにランニングに関連する改善事項ではありますが、走動作そのもの(車輪を回転させること)の正解についての議論は行われていません。まるで、そのことだけを避けているようです。

例外的に、走動作について課題別にアドバイスをするような動画や書籍が見つかりますが、これまた一部の例外を除いて、個人の体感、体験を元にしているため普遍性がありません。つまり、科学的な検証はありません。したがって、ある本と別の本が矛盾していることはよくあります。また、アドバイスがある人には有効であったが、別の人には無効あるいは有害であったということが頻繁に起こります。

まとめると、ランニングコミュニティにおいて走動作に関して議論はほぼ行われておらず、個人の試行錯誤に委ねられている、というのが私の見立てです。1つ付け加えておくと、状況はサッカーでも同じです。サッカーコミュニティで戦略や戦術は議論されていますが、キックの動作に関しての体系化された理論はありそうでありません。

物理モデルの構築

2つ目の解決方法は、言うまでもなく、複雑な物理モデルを作り上げることです。単純な物理モデルで表現できないのであれば、それを可能にする物理モデルを開発するしかありません。自動車で車輪を回転させることに改善の余地はありませんが、ランニングの走動作は非常に複雑であり、物理モデル化は困難です。何が正解かは誰にもわかりません。実際、誰も本格的に取り組んだことがない課題です。だからこそ、重力ランニングでは走動作の正解を、物理学に基づいたシミュレーションによって探し出そうとしています。

改めて言及するまでもなく、身体の寸法や質量、その他の特性は人それぞれ異なります。したがって、シミュレーションで得られた数字をそのまま自分の走動作に当てはめることはできません。しかし、シミュレーションから得られる洞察をもとに、ランニングの隠れた真実を明らかにしようとしています。それが重力ランニングの理論の意義なのです。

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