走るときに重力を味方にするには?身体の傾きと3つの力の関係
ここまで、筋力を発揮して、どの程度身体を押し上げれば良いのかを示しました。重心が水平方向に進むように筋力を発揮するというのが結論でした。それでは、その筋力とはどのくらいなのでしょうか。物理層の議論で登場するのは、重心と地面と2本の脚(接地点)だけです。よって、定量的な議論が可能です。
- 重力ランニングでは、身体を前進させるために必要な筋力は、重心を水平方向に進めるために発揮される最小限の力であり、追加される筋力は重力を利用して少量で大きな推進力を得られることが物理的に示された。
- 例えば、身体が前方に2°傾くと、追加の筋力はわずか0.06㎏fでありながら、推進力は3.49㎏fとなり、約58倍の差が生じる。この結果、走ることが立つことに比べてそれほど大きな負担を必要としないことが分かる。
脚が身体を支えているだけ
まず、脚が仕事をせず、身体を支え、前方に倒れるだけの状態から始めます。この状態を放置していると地面に身体が打ち付けられてしまいますが、倒れ初めの、身体の傾きθが小さい段階では、あたかも重心が前進しているように見えます。実際、それが走り始める、ということです。前進を継続するためには、逆の脚を着く、と言いたいところですが、ここでは、前進を極めて細かく見ていきます。身体が前方に倒れるときには、脚の接地点を中心として、重心が弧を描くように移動していきます。このとき、重心は身体の傾きθだけ水平方向から下向きに進まざるを得ません。こうして位置エネルギーを運動エネルギーに変換するのです。このとき、重心に働く力(重力)はmgです(水色の下向きの矢印)。mは身体の質量、gは重力加速度です。脚がただ身体を支えているときには、地面から受ける反力(地面反力)はmg・cosθとなります(水色の上向きの矢印)。重力と地面反力が相殺して、残った部分が合力です。合力はmg・sinθとなります(紺色の矢印)。向きは前方ですが、水平方向に対してθだけ下向きです。このままでは、転倒するのは明らかです。
筋力を発揮して推進力を水平に向ける
そこで、重力ランニングでは重心を水平方向に進ませるために、必要十分な筋力を重心に作用させます。これを物理的に算出してみましょう。図を描いてみれば簡単です。地面反力に追加して、mg・sinθ・tanθに相当する筋力(赤い矢印(上))を発揮すれば良いとわかります。この力は、合力にも追加されます(赤い矢印(下))。すると、合力が水平になり、やや大きくなりました(紺色の矢印)。
重心が水平に移動する状態
次に、地面反力と推進力の大きさを具体的に求めましょう。追加された筋力を含めて、それぞれ1つの力(地面反力、推進力)と考えると図がシンプルになります。重力mgと身体の傾きθは変わりませんので、図から簡単に地面反力と推進力を導くことができます。地面反力は、mg/cosθ(水色の上向きの矢印)、推進力(紺色の矢印)は、mg・tanθとなります。
重力ランニングを実現する3つの力は以下の通りに求められます。
- 追加する筋力 mg・sinθ・tanθ
- 地面反力 mg/cosθ
- 推進力 mg・tanθ
では、身体の傾きθに対して、追加の筋力、地面反力、推進力がどのように変化していくかを見てみましょう。体重が100㎏の人の重心に作用する重力は100㎏fです。その人が身体を傾けたときに、追加の筋力、地面反力、推進力が具体的にどのような値を取るかを以下の表に示しました。特筆すべきは、追加の筋力に比して、推進力が圧倒的に大きい点です。例えば、θ=2°のとき、追加の筋力は0.06㎏fに過ぎないのに、推進力は3.49㎏fとなり、実に約58倍の大きさです。重力を利用すれば、ほんの少しの筋力で大きな推進力を得られることが物理的に示されているのです。この結果から、立つことに比べて、走ることはそれほど大変な労力を必要としないのではないかという気がして来ます。それが重要な気づきなのです。
身体の傾きθ/° | 追加する筋力/kgf | 地面反力/kgf | 推進力/kgf |
---|---|---|---|
0 | 0.00 | 100.00 | 0.00 |
1 | 0.02 | 100.02 | 1.75 |
2 | 0.06 | 100.06 | 3.49 |
3 | 0.14 | 100.14 | 5.24 |
4 | 0.24 | 100.24 | 6.99 |
5 | 0.38 | 100.38 | 8.75 |
6 | 0.55 | 100.55 | 10.51 |
7 | 0.75 | 100.75 | 12.28 |
8 | 0.98 | 100.98 | 14.05 |
9 | 1.25 | 101.25 | 15.84 |
10 | 1.54 | 101.54 | 17.63 |
11 | 1.87 | 101.87 | 19.44 |
12 | 2.23 | 102.23 | 21.26 |
13 | 2.63 | 102.63 | 23.09 |
14 | 3.06 | 103.06 | 24.93 |
15 | 3.53 | 103.53 | 26.79 |
16 | 4.03 | 104.03 | 28.67 |
17 | 4.57 | 104.57 | 30.57 |
18 | 5.15 | 105.15 | 32.49 |
19 | 5.76 | 105.76 | 34.43 |
20 | 6.42 | 106.42 | 36.40 |
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