脚の質量の影響:ランナーの脚は細い方がいいのか?

重力ランニングにおいて、最適点が存在すること、および、最適点の付近であれば、およそ効率的なランニングと言えることがわかりました。

もう1つ確認しておきたいことがあります。それは、脚の質量によって最適点がどのように変わるかです。脚の質量が大きくなるほど、ピッチを増加させることが大変な作業になるのは直感的に予想されます。それが一体、どの程度の影響なのかを見積もりたいと思います。

  • 脚の質量M2を6kgから10㎏に変更したところ、最適点において走行に要する仕事Wが約2割増加した。
  • 脚の質量M2が増加すると脚の切り替えに要する仕事が増加するため、最適点は、ストライドが拡大し、ピッチが減少する方向に移動した。

脚の細さに関する記憶

ちょっと昔話をさせてください。2017年のことです。

ある駅伝イベントに参加しました。その当時は私の中では4スタンス理論が全盛期で、他人のランニングフォームを見ては、タイプ分けを行っていました。その日のウォーミングアップ中にも、同様に他のランナーの走りを見ていたところ、自分の前を走っているランナーの足の運びを見て、とてもきれいなA2タイプであることに気が付きました。注意深く見ていると、脚が細く、長く無駄がありません。そして、その横に並んでいるランナーも、全く同じ寸法の脚と、全く同じ足の運びです。後ろを走りながら、どんな強いランナーだろうと思いました。これから競走するかもしれないランナーですから、抜かりなくチェックしなければなりません。

そこで、顔を見てみたら、何と旭化成に所属していた村山謙太、宏太の兄弟だったのです。もちろん、走りを見ればわかるのですが、そうでなければ、気が付かないほど、周りに馴染んでウォーミングアップをしているゲストランナー2人なのでした。

彼ら2人を間近に見て、その細長さに驚きました。私は、サッカーをずっとやってきましたので、強いサッカー選手というのは、細めの体つきだとしても、前後左右に素早く動くための脚を備えており、走行中に押しても倒れません。身体つきでそれがわかるのです。一方で、村山兄弟の身体は、前方に等速直線運動をするために最適化されており、一切の無駄が削ぎ落されているのです。おそらく、走行中にサッカー選手がチャージングをしたら、簡単に倒れます。

私はこのときに、1キロ3分未満で継続的に走る人たちの躯体の特長を実感したのです。つまり、サッカー選手として見た場合には、全く役に立ちそうもない脚が、10000mで日本記録を生み出す脚なのです。そうすると、私の躯体はサッカーをする前提で鍛えてきたものですから、1キロ3分で継続的に走るには苦しい思いをするのは仕方がないとわかったのです。逆の言い方をすれば、村山兄弟ほどの高性能の脚でも、前後左右に短時間に加速、反転、停止を繰り返すサッカーでは役に立たないのです。

すなわち、このときの経験から、脚が細く軽い方がランニングの効率には有利であるのは間違いないと思っています。これを物理モデルで証明するというのが今回の試みです。

脚の質量はどれくらいの範囲で変化するか

これまでは、全身60㎏、片脚6kgの質量としていました。

インターネットで全身の体重に占める脚の重量を調べた中で、最も小さい部類の結論でした。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmbe/50/6/50_637/_pdf

また、もっと大きなものでは、約30%が脚の質量というものもありました。

https://waku2chokkan.com/websem18-counterweight

そこで、片脚10kgとして、6kgの場合と比較してみることにしました。脚の重量は変わりますが、その他のパラメータは変えていません。つまり、体重は60kg、身長は1.9m、重心と接地点の距離は1.1mのままです。

ランニングエコノミーに与える影響

全体の仕事Wに対する影響

全体の仕事の極小値Wminにどのように影響があるのかを調べました。全体の仕事の極小値は、脚の質量M2が10kgの場合の方が大きくなりました。速度Vが5.0 m/sのときに、約255 kJ/kmに対して、約315 kJ/kmでした。2割以上大きくなっていますから、大きな差です。

最適点の変化

脚の質量M2が増えると最適点もシフトします。離地時の身体の傾きθ2が増加し、滞空時間も長くなります。この結果、ストライドが大きくなり、ピッチが小さくなります。脚の質量M2が大きくなるほど、脚の切り替えに要する仕事が大きくなりますので、一歩で進む距離を大きくする方が有利になります。ストライドとピッチの数字を見てみると、脚の質量M2が6kgの場合よりも、10㎏の場合の方が現実的な値になっています。そうすると、人間の片脚の質量は、体重の15%程度なのかも知れません。

離地時の重心と接地点距離H:1.1 m
100 mにおける比較
体重:60 ㎏
脚の質量M2 / kg速度V / [m/s]θ2 / °滞空時間 / s全体の仕事W / [kJ/km]ストライド / mピッチ / [歩/min]
64180.102360.73327
104200.142980.91264
64.5230.122450.96281
104.5250.153051.14237
65280.132561.17256
105300.163151.35222
65.5330.142691.37241
105.5350.173291.56212

身体の傾きθ2をずらしたとき

脚の質量M2が10㎏のときは、やはり、2割程度大きな仕事を必要とすることが示されています。最適点はθ2が2°程度大きな方へずれています。これは、ストライドを大きくし、ピッチを減少することを意味しています。

滞空時間をずらしたとき

グラフの形状は変わりません。仕事は2割程度大きくなっています。最適点が滞空時間で0.03s程度延長される方向へずれています。こちらのグラフからもピッチを減少する方が高効率である、ということが示されています。

脚の質量に関する考察

6kgに対して10㎏というのは、質量比にして1.67倍ですから、大きな変化であると思います。一方で、長距離ランナーとサッカー選手のふくらはぎを比較した場合、1.3倍の太さというのは、あり得る気もするのです。

サッカー選手は、サッカーという競技において、持久力を追究しています。それは、常に進行方向と速度の変化の伴う動きです。いわば、等速直線運動とは対極にあります。これを高いレベルで継続するためには、脚は筋肉で覆われて太くなります。そして、質量も増加します。

長距離ランナーは、逆に、等速直線運動を追究しています。一定速度で走り続ける中で、如何に無駄な仕事を削減するかにこだわるのです。この中で、横向き、後ろ向きの移動に必要な筋肉は痩せていき、脚が細くなるか、もしくは、脚が細い人間が選別されていきます。

一定速度で走るときに、必要な仕事が2割も違ったら、勝負になりません。これほどまでに、脚の質量のランニングエコノミーに与える影響は大きいということです。すると、脚の質量は小さいほど有利なのではないかと予想が付きます。脚が細い方が、一定速度で走るときには、効率が良いのです。

等速直線運動に最適な脚

その例として、ここは、同じ二足走行ということで、ダチョウを取り上げたいと思います。ダチョウが時速50kmで疾走する動画があります。

二足走行ですが、身体が全く上下動していません。跳躍というよりも、地面に対して相対速度ゼロで接地することを繰り返しているだけに見えます。簡単そうに見えても、時速50kmですから、非常に速い脚の切り替えを繰り返していることは言うまでもありません。これが可能なのは、脚が細いからだと私は考えています。

脚が細いため質量が小さい。そのために、切り替えの仕事量が小さい。したがって、速い脚の切り替えを維持することが可能である。すなわち、時速50kmという高速での走行が可能である。

また、1つ指摘しておきたいことがあります。ダチョウの膝は人間と逆向きに屈曲します。それでも、このように高いパフォーマンスで実に滑らかに走ります。ということは、膝関節が進行方向後ろ向きに曲がることは、二足走行の必須条件ではないのです。人間が走るときに、地面を後ろに送りますから、膝関節が後ろ向きであることは必須であるように思えます。人間だけを見ているとそのようにしか思えません。しかし、実際にそうではない例を見せられると自分の頭で想像できることには限界があるとつくづく思います。ダチョウの走りから、二足走行の本質においては、膝関節の役割は、重心と接地点の距離を伸縮させるだけなのだとわかります。ということは、最適かどうかは脇に置いたとして、膝は横向きでも可能でしょうし、また、ロボットであれば、エアサスのように単に伸縮するだけでも機能としては十分に足りると考えます。

筋肉走りとの対比

脚の質量の増加の影響は良くわかりました。これで、重力ランニングの物理モデル化は一旦、完了としたいと思います。今までは私の頭の中にある重力ランニングの概念を普遍的な形で表出することを行なっていました。しかし、結局、理解不明のままであると思います。重力ランニングの物理モデルのみを提示されて、理解できる人は、初めから重力ランニングを理解している人だけでしょう。これからは、重力ランニングと対比を成すべき筋肉走りを物理モデルで表現してみようと思います。これにより、現に筋肉走りをしている人に対して、重力ランニングを理解可能なものとして提示できると考えています。

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