「筋肉走り」のモデル化:重力ランニングからのアプローチ
さて、当初の目標であった筋肉走りのモデル化に取り掛かります。重力ランニングのモデル化が前回で完了しました。これは、所定の速度において、仕事量を最小化したことを意味します。ここから、何かしらの無駄を追加していくわけです。
- 重力走りの筋出力を一定の割合で大きくすることを筋力走りと見立てて、シミュレーションを行った。筋肉走りの非効率性を数値化することができた。
- 筋出力増加の割に速度は増加しなかった。ストライドが大きく、ピッチが小さくなり、全体としてストライド走法にシフトした。
- ストライドが大きくなるため、距離当たりの仕事量はほぼ変化しなかった。
改めて重力ランニングを言語化
重力ランニングでは、筋出力Fは身体の傾きθの関数になっています。つまり、F = mg・cosθとなります。接地点と重心の距離がその最大値Hを超えたときに、離地します。つまり、F = 0となります。身体重心は速度を得ていますから、一定の滞空に入ります。言うまでもないことですが、滞空中は重心が自由落下します。こうして、重心の高さが所定の値を下回ったときに接地したものとして、また、F = mg・cosθの筋出力を行います。ただし、着地の瞬間だけは、落下の速度を相殺し、かつ、身体を一定速度で上昇させるだけの大きな出力を発揮するものとしています。
このサイクルにおいて、自由度は2つあります。離地するときの身体の傾きθ2と、滞空時間です。離地するときの身体の傾きθ2は、離地するときの接地点と身体重心を結んだ線の垂直からの角度です。接地点と重心の距離の最大値Hは一定としてあります。θ2とHがあれば、離地する瞬間の重心の高さは決まります。その後、一定の滞空時間により自由落下するわけですが、滞空時間を決めてあるのであれば、接地時の重心の高さも決まります。したがって、自由度は2つであるため、二次元の広がりを持つわけです。そして、θ2と滞空時間を最適化することで、単位距離当たりの仕事量を最小化したサイクルが重力ランニングです。
筋肉走りとは何なのか
どう無駄を追加してみるかを考えるに当たり、筋肉走りとは何なのかを定義しなければなりません。私が、筋肉走りの特長として考えるのは以下のようなものです。
- 体幹ではなく、腕と脚を使って進む。
- 地面を蹴って進む。すなわち、脚の筋力を使って、前方へ大きく跳躍する。
- ストライドが大きく、接地時間は短い。
- 腿を高く上げ、腕を大きく振る。
重力ランニングのモデルにおいては、これらを全て表現することはできません。まず、腕を振るという概念自体がありません。体幹という概念もないです。表現できそうなのは、2と3です。
重心作用線の原則は崩さないことにします。重心作用線の原則を崩すということは、地面反力の作用線が重心を通らないということです。すると、つまり、身体が回転してしまいます。地面の表面を後方に蹴るような動きは、身体を後方へ回転させることになります。これでは走り続けることができませんので、身体を前方へ回転させる必要があります。これにはどんな動きが必要でしょうか。実は簡単で、着地のときにブレーキをかければ良いのです。ブレーキは地面の表面に対して前方へ力をかけることです。これを行うと、身体は前方へ回転します。まとめると、地面を後方に蹴った後には、身体の後方回転を相殺するため、接地時にブレーキをかけるということです。地面反力の作用線が重心から離れるほど、速く後方へ回転します。すると、その分だけ強くブレーキをかけることになるのです。地面を後方に蹴ろうとすると、無駄が2倍になって返ってくるわけです。実に恐ろしい話です。これをモデル化することは可能ですが、既に、トム・テレツ氏の教えに、この無駄を省くことは含まれていますので、敢えて取り組んで見せるまでもないと考えます。重心作用線の原則を守ると決めたなら、変化を加えることができる要素は、筋出力だけになります。
筋肉走りの原点に戻ってみると、そもそも筋力で走ると思っている思い込みなのです。重力ランニングでは、重力が主、筋力は従という考え方です。人間は本来、地球の重力圏の中で生活しています。重力に逆らう力として筋力を定義した結果、出てくる走り方が筋肉走りです。つまり、筋力の出力を大きくすれば、より速く走れる、という思い込みです。
筋肉走りのモデル化
そうであるならば、筋力の出力を重力ランニングを起点にして、大きくして見ようと考えました。重力ランニングの筋出力は、所望の速度Vを実現する際の最小限を追求したものです。その筋出力を5%、10%と大きくしていけば、その分だけ速度が大きくなりそうです。
身体の重心と接地点の上限値H:1.1 m接地時の身体の重心の高さ:0.888 m
体重:60 ㎏
片脚の質量:10 ㎏
内容 | 重力ランニング | 筋力5%増 | 筋力10%増 |
---|---|---|---|
速度V / [m/s] | 5.00 | 5.03 | 5.04 |
ストライド / m | 1.48 | 1.54 | 1.59 |
ピッチ / [歩/min] | 202 | 195 | 190 |
滞空時間 / s | 0.177 | 0.188 | 0.198 |
離地時の身体の傾きθ2 / ° | 30.1 | 30.1 | 29.9 |
全体の仕事W / [kJ/km] | 267.0 | 267.8 | 268.8 |
計算してみたのが上の表です。筋出力を大きくすると、速度は大きくなったのでしょうか。筋出力を5%、10%と大きくすると、速度は0.6%、0.8%大きくなりました。意外なほど速度の増加は小さい結果となりました。ストライドが4%、8%大きくなりました。また、ピッチは5%、6%減となりました。つまり、速度はほぼ変わらないのに、ストライド走法へシフトしました。全体の仕事としては、ごく僅かに増加しました。一歩当たりの仕事量は大きくなっていますが、ストライドが大きくなりますので、距離当たりでは歩数が減るためです。
しかし、大きな筋力を発揮できるという前提ですので、ほぼ同じ仕事量で走れるというのは、メリットとは言えないと思います。大きな筋力を発揮するためのトレーニングの成果としては見返りが小さすぎます。また、大きな筋力を発揮する方が筋肉の疲労を引き起こしますので、実際には、パフォーマンスは低下すると言って良いでしょう。
身体の重心の高さをグラフで表してみました。筋力を増加させることで、上下動も大きくなることが見て取れます。また、ストライドが大きくなっていることも明らかです。上下動の幅が一定でないのは、一歩毎に次の一歩を計算しているためです。
脚の筋力を必要以上に発揮して、大きく跳ねることで前方へ移動する動作、つまり、筋肉走りを表現していると考えます。このような走りは、筋疲労を招くため、長距離になるほどに苦しくなり、結局は、速度を落とさざるを得ません。それに対して、速度を維持しようとさらに頑張るため、故障につながると予想します。
“「筋肉走り」のモデル化:重力ランニングからのアプローチ” に対して1件のコメントがあります。