速度を上げてもピッチが変化しないのは本当だった!物理が明らかにした真実
前回は、1サイクルで完結するシミュレーションを実施しました。そのときは、4.0、4.5、5.0、5.5 m/sの値を示しました。このときは、離地時の身体の傾きθ2は整数となっていました。実は、θ2の値は整数の値を順に入力していき、全体の仕事Wが最小となったθ2の値を採用していたのでした。
今回は、このシミュレーションのやり方をさらに洗練してθ2の値も、少数を含めて最適化できる方法を確立しました。こうして、0.1 m/s刻みで全体の仕事Wが最小化するように各パラメータを決定しました。すると、全てのパラメータが単調に滑らかに増加するか、減少していることが示されました。
- 4.0から5.5 m/sの速度において0.1 m/s刻みでシミュレーションを行い、各パラメータの変化を観察した。
- 速度が増加するに従い、全体の仕事Wは増加した。その増加分は、重心の移動の仕事W1に増加に由来する。
- 速度が増加するとストライドが大きくなり、ピッチはほぼ変わらないことが示された。
- 速度の増加に伴い、重心の移動範囲が低下した。このことから、腰高の意識に物理的合理性がないことが示された。
仕事の増加
全体の仕事Wは速度の増加にしたがい、増加しました。一方で、脚の入れ替えの仕事W2はわずかに減少する傾向を示しました。つまり、全体の仕事Wが増加した分はほとんど重心の移動の仕事W1が増加した分と一致するということです。
ストライドとピッチの関係
次に、ストライドとサイクルの変化を見てみましょう。離地時の身体の傾きθ2は右側の縦軸を参照してください。両側の縦軸はいずれも最小値をゼロとしていますので、グラフの傾きから全体の増加率を見ることができます。
すると、ストライドが大きく増加していることがわかります。同じように、θ2も大きく増加しています。身体の傾きが大きくなり、ストライドも大きくなっていることが示されています。次に、ピッチに目を移しましょう。グラフ作成の都合から、ピッチではなくサイクル(一歩にかかる時間)を表示しました。サイクルと滞空時間は速度が増加するにしたがい、わずかに増加していますが、ストライドの増加率に比べると明らかに緩やかです。サイクルと滞空時間の線はほぼ平行に見えます。サイクルと滞空時間の差は接地時間です。つまり、速度が増加しても、接地時間はほぼ変わらないのです。これらを総合すると、数々のランニング本で書いてある通り、速度が増加するとストライドが大きくなるが、ピッチは変わらないという主張は、完璧に正しいとは言わないまでも、ほとんど正しいと言えるほど、速度増加時のストライドとピッチの挙動に差があることが明確に示されました。
重心の高さの低下
重心の上下動についてもグラフを作成しました。重心の上下動の検証は、完全な1サイクルのシミュレーションを完成させた上、完全な最適化が実現したことで可能になったものです。これまでは直感的にはわかっていたことですが、グラフで示そうとするときれいな曲線となりませんでした。
速度が増加すると、重心の移動する範囲が明確に低下します。腰高を維持するのは物理的に合理性が無いとわかります。むしろ、速度を大きくするにしたがって、腰低にしていくことが合理的と心得るべきです。重心の高さの最大値hmaxと離地時の重心の高さh1の線はほぼ平行です。しかし、h0との差は少し開いています。これは、滞空時間が長くなることの影響です。
グラフの作成に用いた数字を以下のテーブルに示します。
身体の重心と接地点の上限値H:1.1 m体重:60 ㎏
片脚の質量:10 ㎏
平均速度V / [m/s] | 離地時の身体の傾きθ2 / ° | 滞空時間 / s | 接地時の重心の高さh0 / m | 離地時の重心の高さh1 / m | 重心の高さの最大値hmax / m | ストライド / m | ピッチ / [歩/min] | 重心の移動の仕事W1 / [kJ/km] | 脚の入替の仕事W2 / [kJ/km] | 全体の仕事W / [kJ/km] |
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4.0 | 18.7 | 0.117 | 1.011 | 1.039 | 1.045 | 0.82 | 292 | 134.1 | 112.8 | 246.9 |
4.1 | 19.6 | 0.120 | 1.004 | 1.033 | 1.039 | 0.86 | 286 | 136.1 | 112.1 | 248.1 |
4.2 | 20.5 | 0.122 | 0.997 | 1.027 | 1.033 | 0.90 | 280 | 138.1 | 111.5 | 249.5 |
4.3 | 21.4 | 0.125 | 0.989 | 1.021 | 1.027 | 0.94 | 275 | 140.1 | 111.0 | 251.0 |
4.4 | 22.4 | 0.127 | 0.981 | 1.014 | 1.021 | 0.98 | 270 | 142.3 | 110.4 | 252.7 |
4.5 | 23.3 | 0.130 | 0.973 | 1.007 | 1.014 | 1.02 | 265 | 144.5 | 110.0 | 254.4 |
4.6 | 24.3 | 0.132 | 0.964 | 0.999 | 1.006 | 1.06 | 260 | 146.9 | 109.4 | 256.3 |
4.7 | 25.3 | 0.135 | 0.954 | 0.991 | 0.999 | 1.10 | 256 | 149.3 | 109.0 | 258.3 |
4.8 | 26.2 | 0.137 | 0.945 | 0.983 | 0.991 | 1.15 | 252 | 151.8 | 108.6 | 260.4 |
4.9 | 27.2 | 0.140 | 0.935 | 0.974 | 0.982 | 1.19 | 247 | 154.4 | 108.3 | 262.6 |
5.0 | 28.2 | 0.142 | 0.924 | 0.965 | 0.973 | 1.23 | 244 | 157.0 | 107.9 | 264.9 |
5.1 | 29.3 | 0.145 | 0.913 | 0.955 | 0.964 | 1.28 | 240 | 159.7 | 107.6 | 267.3 |
5.2 | 30.3 | 0.148 | 0.902 | 0.945 | 0.955 | 1.32 | 236 | 162.6 | 107.2 | 269.8 |
5.3 | 31.3 | 0.150 | 0.890 | 0.935 | 0.945 | 1.37 | 233 | 165.4 | 107.0 | 272.4 |
5.4 | 32.4 | 0.153 | 0.878 | 0.924 | 0.934 | 1.41 | 229 | 168.3 | 106.8 | 275.1 |
5.5 | 33.4 | 0.155 | 0.865 | 0.913 | 0.924 | 1.46 | 226 | 171.4 | 106.5 | 277.9 |
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