着地は身体重心の直下で良いのか?ランナーの疑問を解消

おおよそ重力ランニングの理論が完成に近づいてきたという状況です。しかし、私自身、走りながら疑問に思っていることがあります。それは着地の位置です。これまでのシミュレーションではこの点を議論せず、常に重心の直下としてきました。私の疑問は、実は最適位置が直下ではなく、やや後方なのではないか、というものです。

現実の世界では身体重心の直下で着地することが最適か否かの判断の前に、本当に直下で着地しているかを確認することさえ困難です。しかし、そうだしても理論上はどのようになれば最適なのかを知りたいと思っていました。着地の位置の直下からのズレを「オフセット」と命名し、オフセットの与えるランニングへの影響を検証しようと思います。

  • 重力ランニングの理論通り、最適な着地位置は身体重心の直下であることが示された。
  • 着地位置が後方にずれると腰高で接地時間の短い走りとなった。これは従来のランニング理論における理想の走りである。逆に、着地位置が前方にずれると、腰が落ちると言われる、従来のランニング理論における悪い走りとなった。重力ランニングは両者の境界線上の本当の最適点を示す理論である。

検証方法

今までのシミュレーションでは、着地は必ず身体重心の直下にしていましたが、パラメータ変更は元々可能であるように作っていました。そこで、着地の位置を前方に0.03m(-0.03mと定義)、後方に0.05m(+0.05mと定義)、ずらした場合のランニングへの影響を見てみました。平均速度Vは5 m/sとしました。つまり、同じ速度で走っているときに、どこに着地すれば最も効率的なのかという議論です。

結果

着地位置を前後にずらすことで、予想しないような傾向が見えてきました。前方にずれる場合と後方にずれる場合で異なる傾向です。効率的に走るという意味では全体の仕事Wだけを見ていれば十分ですが、物理的には興味深い点がいくつかあります。

身体の重心と接地点の上限値H:1.1 m
体重:60 ㎏
片脚の質量:10 ㎏
オフセット / m-0.03-0.02-0.010.00+0.01+0.02+0.03+0.04+0.05
ストライド / m1.261.251.241.241.231.191.181.151.12
ピッチ / [歩/min]238240241243244252253262267
離地時の身体の傾きθ2 / °30.529.829.128.327.526.325.424.223.1
接地時間 / s0.1180.1140.1090.1040.0990.0930.0880.0810.075
滞空時間 / s0.1340.1360.1400.1430.1470.1450.1490.1480.150
接地時間率 / %47%45%44%42%40%39%37%36%33%
接地時の重心の高さh0 / m0.9050.9110.9170.9230.9300.9410.9480.9590.968
離地時の重心の高さh1 / m0.9450.9520.9580.9640.9710.9800.9870.9961.003
重心の高さの最大値hmax / m0.9520.9590.9660.9730.9810.9900.9981.0071.016
重心の移動の仕事W1 / [kJ/km]166162158157160160163163164
脚の入替の仕事W2 / [kJ/km]111110109107106108107109109
全体の仕事W / [kJ/km]277272267265266268270271273
速度の最大値Vmax / [m/s]5.125.115.115.115.105.095.095.085.08
速度の最小値Vmin / [m/s]4.914.914.924.934.934.934.924.914.91

仕事

最も大きな違いは全体の仕事Wです。前方にずれる場合は全体の仕事Wが大きく増加しました。一方で、後方にずれた場合にも増加は見られたものの、増加は緩やかでした。事前に予想されていた通り、前方に着地することでブレーキがかかるため、効率が悪くなることが示されました。実際のランニング時には、0.01mでも前方に出てしまうとロスが大きいため、少なくとも重心の真下かそれよりも少し後方に着地していれば問題ない、というアドバイスが適切です。

ストライドとピッチと滞空時間

グラフ作成の都合でピッチはサイクルとして表示しました。着地位置が前方にずれると、ストライドが小さくなり、サイクルが短くなり、滞空時間が短くなりました。平均速度Vが一定の条件で、上記のような変化が起きたわけですから、ストライドとサイクルの関係は理解できます。ストライドが小さくなり、サイクルが短縮したのですから、脚の入れ替わりが速くなり、滞空時間が短くなるのも合理的です。着地の際にブレーキをかけながらも、脚を細かく動かし続けて速度を維持しているわけです。

後方にずれると、ストライドが小さくなり、サイクルが短くなりましたが、滞空時間が長くなりました。平均速度Vが一定ですからストライドが小さくなったら、サイクルが短縮したのは当然です。しかし、サイクルが短縮したにも関わらず、滞空時間が長くなるとはどんな状況でしょうか。以下のグラフからわかるように、接地時間が格段に短くなっています。一歩にかかる時間(サイクル)が短くなりましたが、それ以上に接地時間が短くなったということです。

速度

従来は平均速度Vのみを議論してきましたが、オフセットの検証において、初めて瞬間速度が気になりました。というのは、前方に着地するとブレーキがかかり、瞬間的には速度が低下することが予想されたためです。速度の最小値は低下し、最大値はその分だけ大きくなると予想しました。これは予想の通りの結果となりました。つまり、着地位置を前方にずらしていくと(以下のグラフでは負の方向)、速度の最小値が低下し、速度の最大値が増加しています。速度の変化が大きくなるということは、加速と減速を繰り返しているわけですから、効率が悪くなっていることがわかります。一方、着地位置を後方にずらした場合は、速度の最大値と最小値が共に減少しました。それでも平均速度Vが5 m/sであることは変わりません。

重心の高さ

重心の高さに関しては、これもまた面白い結果となりました。後方に着地するほど、重心の位置が上昇する傾向となりました。離地時も接地時も最大値も上昇しているので全体的に腰高になるということです。

まとめ

これまでに見られた傾向をまとめると以下のようになります。

着地位置前方にずれる重心の直下後方にずれる
全体の仕事大きく増加最小値わずかに増加
腰の高さ低くなる基準高くなる
ストライド小さくなる基準小さくなる
ピッチ増加する基準増加する
滞空時間短くなる基準長くなる
速度の最大値増加する基準低下する
速度の最小値低下する基準低下する

着地が前方にずれた場合

着地の際にブレーキがかかるようになるため、速度の最大値と最小値の差が大きくなり、非効率的な走りになります。ストライドが小さくなり、ピッチが増加し、滞空時間が短くなります。つまり、接地時間が長くなり、腰が低くなります。歩きに近い状態となります。

世にあるランニング本では、腰高が善とされています。この考え方において、対照的に悪とされる走りです。確かに、前方にずれる着地をゼロ点に戻していく過程において、腰は高くなるのです。これを元に「腰高は善」の価値観が形成されていったと思われます。

着地が後方にずれた場合

後方にずれても、全体の仕事Wはわずかに増加するだけでした。ランニング中の着地位置は一定ではなく変動します。したがって、着地位置を完全に身体重心の直下にする必要はなく、数cm程度後方で運用しようとするのが現実的には最良でしょう。

仕事量が格段に増加するわけではないのですが、後方にずれていくに従い、腰高になり、滞空時間が長く、接地時間が短くなります。これは従来のランニング本で理想とされている走り方です。

従来のランニング理論との関係

個人的には、重力ランニングから外れた走りを再現することによって、従来のランニング理論をさらに深く理解することができました。

重力ランニングの理論上、最適な着地位置は重心の直下であることが確認されました。また、着地位置を前方にずらした場合が従来のランニング理論の悪い例、着地位置を後方にずらした場合が良い例となることがわかりました。実際、着地位置が後方にずれる場合、仕事Wの増加は大きくないため、前方にずれるよりはずっと良いのです。したがって、従来のランニング理論も大雑把には正しいのです。

ただし、後方にずれた場合は接地時間が短くなるため、大きな筋出力が求められます。その出力を実現し得る強い身体を持っていなければなりませんし、負荷が大きいため故障のリスクは高まります。しかし、この事実は物理的なシミュレーションでは現れてきません。重力ランニングは、上記良い例と悪い例の境界に存在する本当の最適点を指摘しているのです。

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