ピッチを鍛えて伸びるマラソン練習法: 「ピッチ向上 × 疲労抜きJOG = 自己ベスト更新」の法則
田中 猛雄, 大竹 基之 著
評価
項目 | スコア |
---|---|
重力ランニングとの親和性 | ★★★★☆ 4点 |
理論の完成度 | ★★★☆☆ 3点 |
読み物としての面白さ | ★★★★☆ 4点 |
感想・見解
歳を取ったら、ストライドを伸ばすのではなく、ピッチを上げるべきだという主張です。
ランニングスピードはストライドとピッチの積であるから、ピッチが上がればスピードが上がるという論理で、ピッチを上げるトレーニングについて細かく解説してくれます。データを大量に測定し、そこから、成績を示すので、大変に説得力があります。著者の二人は、市民ランナーとは言え、猛者の部類です。二人が自分の体験を交えながら、実際の取り組みと結果を説明していくので、現にトレーニングに取り組んでいるランナーには、親しみやすい形式だと思います。
跳ぶことで故障につながるという観察結果から、マラソンを走るには、「スピードトレーニングだけでは疲労が溜まり、故障につながる。だから、疲労抜きJOGを行うと良い。」という発見が先にあります。理論は足りないですが、経験則で正しい結論に辿り着いています。したがって、目指しているランニングは、重力ランニングと同じものである確率が高いです。
しかしながら、スピード=ストライド×ピッチの等式の使い方がいけません。例によって、ストライドかピッチかの二者択一に陥り、歳を取ったら、ストライドを上げられないから、ピッチを上げるのだ、と考えます。すると、次には、ピッチを上げることが目的になってしまいます。ピッチが高いほど良いのだという論調で、全てが構成されていくのです。
ピッチの数が上がることが是であるということで、それが何故、記録更新につながるかの理屈は不要のようでした。音楽を聞いてそれに合わせる、という方法でも良いから、ピッチを高めていこうとします。
しかし、それで結果が出るのですから、その手法は間違っていないわけです。それほどまでに、一般的に人は地面を蹴って走っているため、ただ闇雲にピッチを上げようとする結果として、蹴らなくなることが、故障を防止することにつながるわけです。
初めは、それで良いと思います。しかし、ピッチが上がるのは結果であって、目的ではない、という点がわかっていないと、重力ランニングと重なっていた方向が、進むにつれて少しずつずれていきます。相関性のあるように見える2つの現象を見つけたとしても、それらの因果関係を正しく理解していなければ、その相関性を正しく利用することはできません。
例えば、NIKEのヴェイパーフライNEXT%を試す件では、反発力が上がったから接地時間が短くなるので、ピッチを上げられる、とはっきりと書いてあるのです。ピッチを上げることが目的になっていて、接地時間を短くすることの意味は考えていないのです。ピッチを上げることの意味は、ストライドを短くすることにより接地時間を長くすることです。人間は接地している間にのみ加速するので、結果として、巡航速度が大きくなります。つまり、接地時間を短くしてはならないのです。このような間違いは、頻繁に起こります。
ゆえに、ただ相関性のありそうに見える2つの現象を見つけるだけでは不十分なのです。あるトレーニングを試したときに、狙い通りの結果が得られた、としても、その間をつなぐ理論を注意深く構築するべきです。その途中で矛盾があるようだったら、単なる偶然だったのか、その理論が間違いであるかのいずれかです。
とは言え、明確にピッチに着目した、数少ないランニング本の1つです。ピッチを上げることを目指した結果、エネルギー効率が向上し、身体へのダメージが低減する、という実証として価値ある一冊です。