市民ランナーという走り方(マラソン・サブスリー。グランドスラム養成講座)
アリクラハルト 著
評価
項目 | スコア |
---|---|
重力ランニングとの親和性 | ★★☆☆☆ 2点 |
理論の完成度 | ★★★☆☆ 3点 |
読み物としての面白さ | ★★★★☆ 4点 |
感想・見解
著者は市民ランナーのグランドスラムを達成した人です。しかし、職業としてはライターであるとのことです。サブスリーを達成しているということで、市民ランナーでありながら、ノウハウ本を書くことを許されているという立場です。第一章はマラソンについてです。第二章はウルトラマラソン、第三章は富士登山競争の走り方です。ランニングフォームについて具体的な内容があるのは、第一章ですので、これについて書いていこうと思います。独自のネーミングセンスによる走法が紹介されます。走法と銘打ってはいますが、ちょっとした心掛けのレベルであると思いました。というのは、物理的な裏付けが全くないためです。
動的バランス走法
これは、人間による二足歩行の原点とも言える原理を敢えて述べているに過ぎません。したがって、特に新しい提案ということでもありません。ただし、著者の理解は飽くまでもイメージです。したがって、重力の作用と、地面からの反力という例の図も出てくることはありません。
スクワット走法
悪いフォームの代表例に対して、この名前を与えています。要は、ストライドを大きくしようとして、遊脚を重心よりも前に置いてしてしまうために、着地時にブレーキがかかる走り方です。確かに、悪い走り方ですが、この指摘も既に各書でなされています。
この章で、正解として提案されているのは、腰を高く保ち、滞空時間を長くすることでストライドを大きくする走り方です。腰を高く保つためには、脚を前後に開くわけにはいきません。そこで、跳躍により距離を稼ぐわけです。「飛ぶことを前提にしたランニングフォームに発想を転換する」「速く走るためには力の限り前へジャンプするしかありません」と明記してあります。脚を大きく開くことからすれば、確かに発想の転換であるかも知れませんが、重力ランニングから見るとその前提となる筋肉走りに過ぎません。ここにおいて、著者の指導する走法は重力ランニングとは異なることがはっきりします。
踵落としを効果的に決める走法
着地の際に、脚を引き付けるという点を指摘しています。この点に言及しているのは、みやすのんき氏だけですから、なかなか鋭いと思いました。脚を戻しながら、重心の真下に接地することを意味します。しかし、踵で着地するということを意味していないとのことです。
アトムのジェット走法
これは、鉄腕アトムのように足裏にジェットが付いているようにイメージすることで、脚の運びが滑らかになるという意見です。これは、本当に単なるイメージです。
ハサミは両方に開かれる走法
支持脚で地面を蹴ることを意識するよりも、遊脚を前に送ることに意識を割くべきであるという内容です。あれやこれや説明してありますが、あまり意味がありませんでした。地面を蹴らないことを推奨する、ということです。
ヤジロベエ走法
腰椎の一点で上半身のバランスを取る走法とのことです。ヤジロベエのように支点で固定されることなく、脊椎を柔軟に使うことを意味していると理解しました。「「動的バランス走法」に比べて、上半身が直立、中立するフォームになります。」と書かれています。動的バランス走法では身体を前方に傾けており、ヤジロベエ走法は身体を垂直に立てる、という区別のようです。
ランニングにおいて、身体を前方に傾けるのは加速の局面です。加速度によって重心に作用する後ろ向きの力を相殺するためです。一方で、等速直線運動の局面においては、加速していないので、加速度の反力は発生しません。ただ、空気抵抗により後ろ向きの力を受けているのみです。空気抵抗を相殺するためには、少しだけ前方に身体が傾ける必要がありますが、1キロ3分の速度であってもこの角度はわずかです。したがって、ほぼ直立しているように見えます。つまり、動的バランス走法とヤジロベエ走法の差はありません。
仮に、動的バランス走法が、等速直線運動においても、身体が前方に傾く走法であるというのであれば、着地のときにブレーキをかけていることになります。このような走り方はそもそも無駄がある前提ですから、走法という名前を付けるに値するものではありません。
骨格走法
「骨格に意識を向けて、筋肉のことは忘れる」というアドバイスのことです。確かに、筋肉に注意を向けると力み感が指標になってしまい、むしろ、非効率な走りになってしまいます。一方、骨格に意識を向けることにより、適切に脱力した上で、身体の重み、つまり、重力の存在に気が付くことができます。いろいろなランニング本でも指摘されている通りですが、良い指摘だと思います。
腰で走る走法
要約すると、大腿四頭筋ではなく、腸腰筋とハムストリングスを使いなさいというアドバイスです。
「くの字」走法
腸腰筋を活用する方法をより具体的にしたものです。「腰で走る走法」の一部と言って良いでしょう。腸腰筋の活用については、高岡英夫氏が以前から着目していました。大腿四頭筋をゆるめることで骨盤が動くようになり、腸腰筋も働くようになります。
まとめ
著者のランニング経験値は、市民ランナーとしては最高レベルと言って差し支えないものです。グランドスラムを達成するために、様々な固定観念を打破してきました。その経験に裏打ちされたアドバイスですから一読の価値があります。ただし、走り方に対する考え方の根本が重力ランニングとは異なります。腰を高く保ちながら、ストライドを大きくするために、長く跳躍することは、重力ランニングの真逆です。したがって、本書のアドバイスを採用するかどうかは、ご自身で検討の上、判断いただくことをお勧めします。