アスリートの科学 身体に秘められた能力

小田 伸午 著

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評価

項目スコア
重力ランニングとの親和性★★★★☆ 4点
理論の完成度★★★★☆ 4点
読み物としての面白さ★★★★★ 5点

感想・見解

2013年、今から10年前に読んだ本です。この頃は、まだナンバ走りや二軸が自分の中で最新でした。その後、4スタンス理論に触れるのは2015年になってからのことです。ずっと前に読んだ本を取り上げる理由は、お勧めであるからに他なりません。

この本はランニングだけに関する本ではありません。人間の認知能力の限界を明らかにするという、哲学的にも大きな意味を持った本であると私は思っています。著者は、よくよく考えればわかることなのに、人間が思い込みを乗り越えられずにいるという点を繰り返し、様々な事例で指摘します。

実は、著者自身が中学生のときに出会った、マック式スプリントドリルを信じて疑わなかったのだが、後になって間違って伝わっていることを知ったのです。その後、マック式ドリルが間違ったまま日本中に伝搬していく様を目の当たりにしたのです。一度、思い込んだことを訂正することの難しさを痛感したため、人間の認知と運動のずれが研究対象となったのでしょう。このマック式ドリルの話は、私も実際に同じように苦しんだ人を知っていましたので、はっきりと記憶に残りました。

運動にかかわるいくつものトピックがある中で、紹介したいのは、第5章です。スプリント中の身体操作における主観と客観のずれは必然であるから、そのずれを意識的に翻訳するべきだというのが要旨です。主観は本人にしかわからないものですから、客観的な動きを主観に翻訳するのは、アスリート本人です。ただ指導者もアスリートも翻訳というプロセスの存在を前提に活動しなければなりません。

その最たる例として、100m走を取り上げます。まず、優れたスプリンターの動きを解析します。その後、カール・ルイスを指導したトム・テレツ氏の教えが、スプリント中の主観を見事に捉えて伝えることで、客観的な動きを再現していることを明らかにします。優れたスプリンターは脚で地面を後ろに蹴っているように見えますが、全くその意識はありません。カール・ルイスは接地した脚を早く戻して、再び身体の真下に強く着くことだけを意識していたのです。

この指摘は衝撃的でしたので、ランニング中、主観的に脚は真下に着くものだと記憶しました。また、それ以降は、主観と客観のずれは存在する前提で、ランニングを捉えるようになりました。

そして、このことは運動全般に対してもっと重大なことを示唆しています。他人の動きを見ても、その背後にある主観がわからなければ、再現できないという話ですから、これを考慮しない運動解説はそもそも意味を成しません。これを踏まえて、私はこのサイトにおいて、ランニングメソッドを明確に3層に分けて説明することにしたのです。長い間忘れていたのですが、10年前に重力ランニングへ至る知見を得ていたわけです。

また、トム・テレツ氏の教えはその当時の世界最先端の理論だっただけでなく、現代でもスプリントの基本であり続けています。その意味で、私にとって、現状普及しているランニング理論の教科書でもあります。この本で得た知識を元に、10年間走り続けて、その物理的な意味を理解することができたと言えます。

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