自分史上最速の走りを手に入れる!限界突破のランニングフォーム
弘山 勉 著
出典:https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784046061737
評価
項目 | スコア |
---|---|
重力ランニングとの親和性 | ★★☆☆☆ 2点 |
理論の完成度 | ★★★★★ 5点 |
読み物としての面白さ | ★★★☆☆ 3点 |
感想・見解
大変に論理的に書かれています。図が多用されていて、その理論がしっかりと確立されたものであることがわかります。説明の仕方として模範にしたいと思います。しかし、理論自体はおすすめできない内容です。端的に言えば、ストライド走法を追究しています。この本の内容を真面目に実践すると、よほど強靭な肉体の持ち主でない限り、故障するでしょう。中年以降のランナーにはおすすめしません。
強い力を生産し、力を伝達する。前者と後者をそれぞれ最適化すればより速く走ることができる。というのが、根底にある考え方です。一見、正しいように思われますが、そもそも走動作のモデルが違うと機能しない論建てです。
第1章の第3節で、いつものストライドとピッチの関係式が出てきます。「ストライド×ピッチ=スピード」の等式を示し、ストライドとピッチが速度を決定すると解釈しています。そこから、例によって、ストライドを大きくするか、ピッチを速くするか、がスピードを大きくする方法であるという方向へ導きます。このように、重力ランニングと異なる方針を、わかりやすく、明確に打ち出しています。
第4節では、ストライドを大きくするか、ピッチを速くするかのいずれかのうちでどちらが合理的かという検討を行います。ピッチを速くすることは、常に意識的な動作を続けることであるから無理がある。したがって、ストライドを伸ばす方向を選ぶと宣言しています。どこまでも論理的にランニングを詰めていこうとしています。(論理的に見えますが、示された二択のうちから選ぶという選択自体が間違っているという可能性を検討していません。)以降はストライドを伸ばすためにどうするかということを追及しています。
その後、パワポジとエアポジという概念を提示します。前者は空中から着地し、接地脚に乗り込んでいくときの姿勢。後者は空中での最高到達地点での姿勢です。パワポジで力を発揮し、エアポジでは脱力するのですが、前者のスイッチON、後者のスイッチOFFを完全かつスムーズに行うのが理想とされています。この理想を追い求めて、関節モーメント、能動的出力と受動的出力の考え方を提示し、その後、位置エネルギー、地面反力、振り子、慣性力、などの数々の物理的な解説を行います。しかし、ランニングの物理モデルが異なるため、重力ランニングとは美しいまでに逆のことを追及していきます。最大の問題点はランニングを跳躍の連続と捉えることなのですが、そこが議論されていないのです。
著者の弘山勉氏は、筑波大の卒業生で、在学中は箱根駅伝に4年連続で出場しました。それだけで、一般ランナーから見てエリートランナーの十分条件を満たしていると思います。さらに、別府大分マラソンでも結果を残しました。その後は、妻であり、日本を代表するランナーである弘山晴美さんのコーチとして、現在は、筑波大駅伝部の監督として活躍されています。わかりやすい実績として、筑波大の26年ぶりの箱根駅伝出場を果たしました。
そのような人が書いたランニングフォームに関する本があると知ったら、誰でも、その理論が正しいと信じるでしょう。特に、著者は、高学歴で指導者としての実績があるという点がアピールポイントです。私も頭から信じます。
指導者としての実績は、事実です。ということは、指導内容が良いということも事実です。一方で、書籍の内容は、少なくとも中年ランナーには相応しくないものです。ですが、そのことに中年ランナーは気がつく余地はありません。著者の理論が、自分にも適している、すなわち、これを取り入れれば自分も速くなると思ってしまうのです。この矛盾はどこから起きるのでしょうか。
まず、著者の理論を実践するには、中年ランナーが満たしていない、ある条件が必要だと考えます。弘山晴美さんを含め、著者の指導する相手は、エリートランナーかその卵です。私が議論している、重力で推進するという話は、既に生まれながらに、あるいは、それまでの練習により、体得している率が高いと推定します。そのような状況においては、著者の主張するところの最も効率的な筋肉の使い方がそのままパフォーマンスの向上につながる可能性があります。
次に、著者はこの理論を微に入り細に入り、選手にインストールしようとしていない可能性もあります。著者自身が本書籍の紹介動画で公言しているように、筑波大学は自立と自律を重んじる学風であり、著者が細かい走り方まで口を挟んで、矯正するという指導法を取るとは思えませんでした。
もう一つの間違いは、中年ランナーの方にあります。一般ランナーにとって取り組むべき課題と、エリートランナーにとってのそれは異なることを理解していないことです。しかし、それは、仕方がないことです。誰もが最初は門外漢ですからランニングの中身は知らないわけです。その状況において、著者の実績を元に、書籍を選ぶのは合理的な行動です。それでも、エリートランナー向けの指導書が一般ランナーにとって毒であることがあると理解するまでには、多くの時間が掛かると予想します。それほどまでに、人間は固定観念に縛られています。まずは、疑うことを忘れた状態にあり、疑うことを思い出すところまで進まなければなりません。疑うことを意識しながらも、仮説として受け入れ、実践してみるのであれば、もし、それが正しくない、とか、少なくとも自分には合ってないということに遅滞なく気が付くことができます。人間も中年に達すれば、指導を鵜呑みにせず、批判的に受け入れるということが、真摯に向き合う姿勢だと言えるでしょう。
無論、重力ランニングに対しても、批判に晒されることは想定しています。むしろ、そこまで行ければ幸いです。